東山高等学校

私は東山高等学校に入学して法然上人から慈悲の心というものを学びました。なぜかというと法然上人は、座主というなかなかなれない地位になること勧められたり、智慧第一の法然房と讃えられるほどの能力を備えた人であったので、難しく厳しい修行をおさめられることは誰にでも想像がつきます。

しかし、法然上人は、仏教というのは誰もが平等に参加できることが大事ということを最も重要視しています。つまり阿弥陀さまの慈悲は平等であり、それと同じようにこれは、かたよった見方をせず、見る立場によっていろいろなものの価値に変わる、だから貧富や性別は関係のないみんな同じ念仏、平等の念仏をすること大切なのです。

法然上人がつくられた浄土宗の歌であるつきかげの最後のほうに、「眺むるひとの心にぞすむ」とあるように、我々の「心の持ち方」がとても大事で、この心の持ち方や見方しだいで、人生は全く違うものへと変わります。そして、つきかげの歌は、いつも東山中学高等学校では毎日チャイムとして鳴り、また、行事の初めにはみんなで歌っていますが、この法然上人の気持ちを学校や知恩院で学べたことをとてもうれしく思っています。しかし、学んだことだけではなく、この意味をみんなにも理解してもらわなければなりません。自分だけではなくお互いが良い方向に進むことこそが、仏教の立場でいう平等、「ともいき」です。

最後に、本日、縁あってこの法要に参加している全国のみなさんと一緒に、ぜひ「ともいき」の精神をおこない、法然上人に喜んでもらえたら嬉しです。。

3年7組 18番 中安 哲晟